本篇为补档。

一
遥 かの山の空はまだ夕焼の名残 の色がほのかだったから、窓ガラス越しに見る風景は遠くの方までものの形が消えてはいなかった。しかし色はもう失われてしまっていて、どこまで行っても平凡な野山の姿がなおさら平凡に見え、なにものも際 立 って注意を惹 きようがないゆえに、かえってなにかぼうっと大きい感情の流れであった。むろんそれは娘の顔をそのなかに浮べていたからである。
遥远的山巅上空,微微闪射着夕阳的余晖。越过车窗所见到的风景,虽然直至远方还保持着轮廓,但已经失去了光彩。不管走到哪里,平凡山野的姿影越发平凡。正因为没有什么特别引人注意的地方,反而涌动着一股浩大的感情的洪流。不用说这是因为有一张少女的面孔浮现在其中。
つまり娘の眼と火とが重なった瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮ぶ、妖 しく美しい夜光虫であった。
当姑娘的眼睛和灯火重叠的瞬间,她的眼睛宛若漂荡在夕暮波涛间的妖艳的夜光虫。
三
「しゃべりたい時は君としゃべるよ」
「私はもう来ませんわ」
「馬鹿言え」
「あら、来ないわよ。なにしに来るの?」
「君とさっぱりつきあいたいから、君を口説かないんじゃないか」
「あきれるわ」
「そういうことがもしあったら、明日はもう君の顔を見るのもいやになるかもしれん。話に気乗りするなんてことがなくなるよ。山から里へ出て来て、せっかく人なつっこいんだからね、君は口説かないんだ。だって、僕は旅行者じゃないか」
“闲聊时我可以叫你来嘛。”
“我才不来呢。”
“别瞎说!”
“哼,就不来,还来干什么呀?”
“我想和你清清爽爽地交往下去,所以才不打你的主意啊!”
“真会说!”
“要是有了那种事儿,明天就不愿意再见到你,说起话来也不自在了。我从山上来到村子里,好不容易有个亲近的人,所以我不想作践你。不过,我到底是个出门在外的人啊!”
「起きなさい。ねえ、起きなさいったら」
「どうしろって言うんだ」
「やっぱり寝てなさい」
「なにを言ってるんだ」と、島村は立ち上った。
女を引き摺 って行った。
やがて、顔をあちらに反 向 けこちらに隠していた女が、突然激しく唇を突き出した。
しかしその後でも、むしろ苦痛を訴える譫 言 のように、
「いけない。いけないの。お友達でいようって、あなたがおっしゃったじゃないの」と、幾度繰り返したかしれなかった。
“起来,听见了?叫您快起来。”
“你想叫我干什么?”
“您还是躺下吧。”
“你都说些什么呀?”岛村站起来。
他一把将女子拽过去。
女子不住转头,左右躲闪,突然她急剧地伸出嘴唇。
然而,其后她又像病中说胡话一样,倾诉满心的苦楚。
“不行,不行,您不是说好了要做朋友的吗?”这句话她不知重复了多少遍。
「あんた笑ってるわね。私を笑ってるわね」
「笑ってやしない」
「心の底で笑ってるでしょう。今笑ってなくっても、きっと後で笑うわ」と、女はうつぶせになってむせび泣いた。
でもすぐに泣き止 むと、自分をあてがうように柔かくして、人なつっこくこまごまと身の上などを話し出した。酔いの苦しさは忘れたように抜けたらしかった。今のことにはひとことも触れなかった。
「あら、お話に夢中になってちっとも知らなかったわ」と、今度はぽうっと微笑んだ。
“您在笑我,对吗?您在嘲笑我呀!”
“我没有笑你。”
“您心里在笑我!现在不笑,以后肯定还会笑我的!”女子俯伏着身体抽噎起来。
随后,她又立即止住哭,紧紧依偎着他,温婉而亲密地详细谈起自己的身世。醉态里的那种痛苦仿佛一扫而光,对刚才的一切绝口不提了。
“真是的,只顾着说话,什么都不知道啦。”这回,她倒“扑哧”笑了。
四
一面の雪の凍りつく音が地の底深く鳴っているような、厳しい夜景であった。月はなかった。噓のように多い星は、見上げていると、虚 しい速さで落ちつつあると思われるほど、あざやかに浮き出ていた。星の群が目へ近づいて来るにつれて、空はいよいよ遠く夜の色を深めた。国境の山々はもう重なりも見分けられず、そのかわりそれだけの厚さがありそうないぶした黒で、星空の裾に重みを垂れていた。すべて冴 え静まった調和であった。
一派冻雪崩裂的声响,仿佛在地层底下鸣动。严酷的夜景,没有月。谎言般众多的星辰,抬头一看,明光耀眼,闪闪漂浮,似乎皆以虚幻的速度继续沉落下去。群星渐次接近眼眉,天空渐渐高远,夜色更加幽邃。国境的山峦重重叠叠,模糊难辨,厚重的黑暗沉沉垂挂于星空的四围。一切都达到了一种清雅和静谧的调和。
五
しかし葉子はちらっと刺すように島村を一目見ただけで、ものも言わずに土間を通り過ぎた。
島村は表に出てからも、葉子の目つきが彼の額の前に燃えていそうでならなかった。それは遠いともし火のように冷たい。なぜならば、汽車の窓ガラスに写る葉子の顔を眺めているうちに、野山のともし火がその彼女の顔の向うを流れ去り、ともし火と瞳 とが重なって、ぽうっと明るくなった時、島村はなんともいえぬ美しさに胸が顫 えた、その昨夜の印象を思い出すからであろう。それを思い出すと、鏡のなかいっぱいの雪のなかに浮んだ、駒子の赤い頰も思い出されて来る。
叶子冷不丁儿睃了岛村一眼,一声不响地走过门口。
岛村来到外面之后,叶子的眼神在他额上烧得他难以忍受。那眼神像遥远的灯火一般寒冷。为什么呢?当他凝望映在火车玻璃窗里叶子的容颜时,山野的灯火从她眼前流去,灯火和眼眸相重合,欻然一亮的当儿,岛村为着那种难以言说的美丽而惊颤不已。他抑或回忆起昨夜的印象来了吧?说到这个,他也同样想起镜里一派白雪之中浮现出的叶子的红颜。
駒子はしばらく黙って、自分の体の温 かさを味 うような風にじっと横たわっていたが、ふいとなにげなく、
「私妊娠していると思ってたのよ。ふふ、今考えるとおかしくって、ふふふ」と、含み笑いしながら、くっと身をすくめると、両の握り拳 で島村の襟 を子供みたいに摑んだ。
閉じ合わした濃い睫 毛 がまた、黒い目を半ば開いているように見えた。
驹子沉默好大一会儿。她一直躺着,仿佛在品味自己身体的温暖。她突然不经意地说:
“我当时还以为自己怀孕了呢。现在想想真可笑。嘻嘻嘻。”她掩口笑起来,立即缩着身子,两只手孩子般紧紧抓住岛村的衣领。
紧闭的睫毛看上去宛如半睁半合的黑色的眼眸。
七
「早く帰って、様子が変よ、早く」
駒子は肩の痛さをこらえるかのように目をつぶると、さっと顔色がなくなったが、思いがけなくはっきりかぶりを振った。
「お客さまを送ってるんだから、私帰れないわ」
島村は驚いて、
「見送りなんて、そんなものいいから」
「よくないわ。あんたもう二度と来るか来ないか、私には分りゃしない」
“快回去!情况紧急,快!”
驹子强忍肩头的疼痛,她闭着眼睛,脸色突然变得惨白起来,出乎意料地使劲摇了摇头。
“我要送客人,不能回去。”
岛村大吃一惊。
“送什么呀,你甭管啦。”
“这不好,我不知道您还会不会再来呀。”
八
「四年はしかし長いね」
「すぐ経 ってしまいますわ」
「温かい」と、島村は駒子が近づいて来るままに抱き上げた。
「温かいのは生れつきよ」
「もう朝晩は寒くなっているんだね」
“四年也够长的。”
“很快就会过去的。”
“好暖和。”驹子挨过来,岛村一把抱起她。
“生来就是个暖身子呀。”
“早晚要冷起来啦。”
九
向岸の急傾斜の山腹には萱 の穂が一面に咲き揃 って、眩 しい銀色に揺れていた。眩しい色と言っても、それは秋空を飛んでいる透明な儚 さのようであった。
「あすこへ行ってみようか、君のいいなずけの墓が見える」
駒子はすっと伸び上って島村をまともに見ると、一握りの栗をいきなり彼の顔に投げつけて、
「あんた私を馬鹿にしてんのね」
島村は避ける間もなかった。額に音がして、痛かった。
对岸是倾斜的山腹,盛开着芭茅的花穗子,银光闪耀,飘摇不定。那炫目的白色,又像飞翔于秋空里的透明的幻影。
“到那边看看吧。那里有你未婚夫的墓。”
驹子倏忽挺立身子,盯着岛村看了看,将手里的小栗子猛地掷向他的脸孔。
“你总是耍弄我!”
岛村来不及躲避,额头上发出噼噼啪啪的声音,疼极了。
駒子の激しい呼吸につれて、現実というものが伝わって来た。それはなつかしい悔恨に似て、ただもう安らかになにかの復 讐 を待つ心のようであった。
「来ると言ったら来たでしょ」と、駒子はそれを一心に繰り返して、
「これで来たから、帰る。髪を洗うのよ」
そして這 い上ると、水をごくごく飲んだ。
随着驹子剧烈的喘息,传递着一种实实在在的东西。这东西像是一种难以割舍的悔恨,又像是一颗安然期待复仇的心灵。
“我说来,这不就来了?”驹子只是重复着这句话。
“我算来过了,这就回去。我要去梳头。”
她爬起来,咕嘟咕嘟地喝水。
元 禄 袖 の派手なめりんすの袷 に黒 襟 のかかった寝間着で伊達 巻 をしめていた。それで襦 袢 の襟が見えず、素足の縁 まで酔いが出て、隠れるように身を縮めているのは変に可愛く見えた。
驹子身穿袖口金丝绲边的漂亮夹衫,外面罩着黑领睡衣,系着一根窄腰带。因此,看不到贴身内衣的领子。她醉态蒙眬,连脚底板儿都泛着殷红,畏葸地团缩着身子,显得十分可爱。
十
撥 入 れだとか、羽織だとか、なにかしら持って来たものを、彼の部屋へ置いて帰りたがった。
「昨夜帰ったら、お湯が沸いてないの。お勝手をごそごそやって、朝の味 噌 汁 の残りを掛けて、梅干で食べたのよ。冷たあい。今朝うちで起してくれないのよ。目が覚 めてみたら十時半、七時に起きて来ようと思ってたのに、駄目になったわ」
そんなことや、どの宿からどの宿へ行ったという、座敷の模様をあれこれと報告するのだった。
不知为什么,她回去的时候,总是将琴拨子袋儿、外褂等随身带来的东西,丢在他的房间里。
“昨夜回来,没有烧开水,到厨房里稀里哗啦盛了碗饭,浇上早晨剩下的黄酱汤,就着腌咸梅吃了,冰冷冰冷的。今早家里没人叫我,睁开眼已经十点半了。本来打算七点起床后就过来的,结果没做到啊!”
就连这些事,还有从哪家到哪家,筵席是什么样子,总要絮絮叨叨报告一遍。
国境の山々は赤 錆 色が深まって、夕日を受けると少し冷たい鉱石のように鈍く光り、宿は紅葉の客の盛りであった。
国境上的山峦变成深沉的铁锈色,于夕晖掩映之下,闪现着矿石般冷寂的钝光。旅馆里赏枫的游客蜂拥而至。
「君はいい女だね」
「どういいの」
「いい女だよ」
「おかしなひと」と、肩がくすぐったそうに顔を隠したが、なんと思ったか、突然むくっと片 肘 立てて首を上げると、
「それどういう意味? ねえ、なんのこと?」
島村は驚いて駒子を見た。
「言ってちょうだい。それで通 ってらしたの? あんた私を笑ってたのね。やっぱり笑ってらしたのね」
真赤になって島村を睨 みつけながら詰問するうちに、駒子の肩は激しい怒りに顫 えて来て、すうっと青ざめると、涙をぽろぽろ落した。
「くやしい、ああっ、くやしい」と、ごろごろ転 がり出て、うしろ向きに坐った。
“你是个好女子。”
“哪点儿好呢?”
“是个好女子啊!”
“真是个怪人!”她有些不好意思地缩紧双肩埋下脸来,突然又想起什么,一只胳膊支撑着,扬起头来。
“你是什么意思?说呀,什么意思?”
岛村惊讶地望着驹子。
“快说呀!你就是为这个来的?你在耻笑我吧?你确实在耻笑我啊!”
她满脸通红,瞪着岛村紧追不舍,肩头因愤怒而激剧地颤抖。忽然,她又面色转青,扑簌扑簌流下泪来。
“真窝囊!啊,我真窝囊!”她一骨碌折身而起,背对这边坐着。
窓で区切られた灰色の空から大きい牡 丹 雪 がほうっとこちらへ浮び流れて来る。なんだか静かな噓のようだった。島村は寝足りぬ虚 しさで眺 めていた。
謡の人々は鼓 も打っていた。
島村は去年の暮のあの朝雪の鏡を思い出して鏡台の方を見ると、鏡のなかでは牡丹雪の冷たい花びらがなお大きく浮び、襟 を開いて首を拭 いている駒子のまわりに、白い線を漂 わした。
窗外一方灰暗的天空上,纷纷扬扬飘浮着鹅毛大雪。四周静寂得令人难以置信。岛村心里空空的,他睡眼惺忪地眺望着雪景。
演唱谣曲的人们也敲起鼓来。
岛村联想到去年岁暮,一个雪天早晨的镜子,他向镜台望去。镜子里浮现着冰冷而硕大的雪花,在敞开领口、揩拭脖颈的驹子周围,飘扬着一条条银线。
十一
火は燃えさかって来るばかりだが、高みから大きい星空の下に見下すと、おもちゃの火事のように静かだった。そのくせすさまじい炎の音が聞えそうな恐ろしさは伝わって来た。島村は駒子を抱いた。
「こわいことないじゃないか」
「いや、いや、いや」と、駒子はかぶりを振って泣き出した。その顔が島村の掌 にいつもより小さく感じられた。固いこめかみが顫 えていた。
火を見て泣き出したのだが、なにを泣くのかと島村はいぶかりもしないで抱いていた。
火势很旺,从高处俯视下去,广阔的星空之下,玩具般的火场寂悄无声。正因为如此,仿佛传来一阵阵可怕的燃烧的音响。岛村抱住了驹子。
“不要害怕。”
“不,不,不。”驹子摇着头,大哭起来。她的脸伏在岛村的手心里,似乎比平素更加娇小,紧绷的太阳穴不住地跳动。
一见到火就放声大哭,她为什么哭,岛村并未怀疑,依然紧抱着她。
裸の天の河は夜の大地を素肌で巻こうとして、すぐそこに降りて来ている。恐ろしいなまめかしさだ。島村は自分の小さい影が地上から逆に天の河へ写っていそうに感じた。天の河にいっぱいの星が一つ一つ見えるばかりでなく、ところどころ光 雲 の銀 砂 子 も一粒一粒見えるほど澄み渡り、しかも天の河の底なしの深さが視線を吸い込んで行った。
赤裸裸的银河眼看就要降临这里,它想亲自用肌肤卷裹暗夜的大地。它艳丽得令人恐怖!岛村感到,自己渺小的身影从地面反映于银河之中了。银河里面群星灿烂,一颗颗历历在目。随处可见的闪光的彩云,漂荡着一粒粒银沙,绮丽、明净。深不见底的银河,紧紧吸引着岛村的视线。
天の河が垂れさがる暗い山の方へ駒子は走っていた。
褄 を取っているらしく、その腕を振るたびに赤い裾が多く出たり縮まったりした。星明りの雪の上に赤い色だとわかった。
島村は一散に追っかけた。
驹子奔向银河低垂的黑暗的群山。
她褰裳而来,挥动着素腕,火红的裙裾飘舞翩翻。星光点点的雪地上,扬起一朵红艳。
岛村飞也似的追过来。
天の河は二人が走って来たうしろから前へ流れおりて、駒子の顔は天の河のなかで照らされるように見えた。
しかし、細く高い鼻の形も明らかでないし、小さい唇 の色も消えていた。空をあふれて横切る明りの層が、こんなに暗いのかと島村は信じられなかった。薄月夜よりも淡い星明りなのだろうが、どんな満月の空よりも天の河は明るく、地上になんの影もないほのかさに駒子の顔が古い面のように浮んで、女の匂 いのすることが不思議だった。
银河从他们跑来的方向转到了前面,驹子的面庞看起来好似映照在银河之中了。
但是,看不清鼻子的形状,嘴唇的颜色也消失了。岛村很难相信,充溢于太空的明丽的光带,竟然如此黯淡?淡淡的星光不如薄薄的月夜,但较之满月的天穹,银河却更为明亮。驹子的容颜在地上没有留下任何影像,宛若一副古老的面具,飘忽不止,洋溢着女人的馨香,令人不可思议。
幾年か前、島村がこの温泉場へ駒子に会いに来る汽車のなかで、葉子の顔のただなかに野山のともし火がともった時のさまをはっと思い出して、島村はまた胸が顫えた。一瞬に駒子との年月が照し出されたようだった。なにかせつない苦痛と悲哀もここにあった。
岛村忽然想到,多年前他到这个温泉浴场会见驹子,在火车上看到叶子脸庞的后面,点燃起野山的灯火,心中又是一阵战栗。霎时,仿佛也映照出他和驹子在一起的岁月来。他的揪心般的痛苦和悲哀也正出自于此。
水を浴びて黒い焼 屑 が落ち散らばったなかに、駒子は芸者の長い裾を曳 いてよろけた。葉子を胸に抱 えて戻ろうとした。その必死に踏ん張った顔の下に、葉子の昇天しそうにうつろな顔が垂れていた。駒子は自分の犠牲か刑罰かを抱いているように見えた。
烧焦的黑色木块儿,水淋淋的,散乱一地。驹子像艺妓一般长裾拖曳,脚步踉跄地奔过去,想将叶子抱回来。驹子奋力挣扎的脸孔下面,低垂着叶子临死前虚空的容颜。看起来,驹子宛若怀抱着自己的牺牲或刑罚。