高野聖(高野圣僧)

およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮うすかわが破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被おっかぶさるのでもない、飛騨国ひだのくに樹林きばやしが蛭になるのが最初で、しまいにはみんな血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、それがだいがわりの世界であろうと、ぼんやり。

我呆呆地想:大概人类灭亡,既不是因为地球的薄皮破裂,从天而降大火,也不是大海被填平。最初是飞驒国的森林变成水蛭,最终黑色带条纹的虫子,在血与泥里游动。那就是新世界的到来吧。


湯島詣(汤岛之恋)

着つけは濃いお納戸地に、金で乱菊を織出した繻珍しゅちん黒繻子くろじゅすの打合せの帯、滝縞たきじまのおめし縮緬に勝色かちいろのかわり裏、同じすそを二枚かさねて、もみじに御所車の模様ある友染ゆうぜんに、緋裏ひうらを取った対丈襦袢ついたけじゅばん、これに、黒地に桔梗ききょうの花を、白で抜いた半襟なり。

洗髪あらいがみ潰島田つぶししまだ、ばっさりしてややほつれたのに横櫛よこぐしで、金脚きんあし五分珠ごぶだまかんざしをわずかに見ゆるまで挿込んだ。

腰间系着的是双色腰带,正面是深蓝彩缎,上面绣着金色乱菊花纹,反面是黑缎子。穿着瀑布条纹的绉绸和服,带着褐色的里子。她叠穿着两件相同的和服,里面是印染了红叶和车轮形花纹的友禅绸,配着大红里子,外加一条黑底印染白色桔梗花的衣领。

刚洗过的头发,盘成一个扁扁的岛田髻,蓬蓬松松的发髻上横插着一支金簪,上面一颗五寸的红珊瑚珠,只露出一点在外面。


「一体、容子ようすくッて、優しくッて、それで悪くまた学問とかがお出来遊ばしゃあがって、知った顔をしないでな、若殿様のようで、世話に砕けていて、仇気あどけなくって可愛らしくッて、気が置けなくッて、その癖頼母たのもしい、き様は女殺おんなころしじゃ。よくない奴じゃぞ。方々の女の子がみんなで騒ぎゃあがるで、可哀かわいそうに蝶吉が気ばかりんでいるわえ、なぜそうじゃろかな。不心得な奴じゃ、その分には差置かれぬぞ。」と覚束おぼつかなげに巡査の声色こわいろい声で使いながら、打合せの帯の乳の下の膨らんだ中から、一面の懐中鏡を取出して、顔を見て、ほつれ毛を掻上かきあげた。そのくしを取直して、鉛筆になぞらえて、

「コヤコヤ、いつかも蝶吉がお花札はなを引いた時のように警察の帳面につけておく。住所、姓名をちゃんと申せ、偽るとためにならぬぞ。コヤ、」と一生懸命にわらいを忍んで、ほっそりした頬を膨らしながら、唇を結んで真面目である。

“你嘛,相貌不错,性情温柔,美中不足就是你的学问,不过你从不做出一副满腹经书、卖弄学识的样子。长得像个公子哥,不拘世俗,天真可爱,性格坦率,为人可靠。你是个风流情种,不是个好东西。处处撩动芳心,可怜的蝶吉总是牵肠挂肚,究竟是为何?都怪你行为不检点,可不会放过你的!”

蝶吉边用那清亮的嗓音结结巴巴地模仿着警察的腔调,边从系着双拼腰带的丰满胸脯下面掏出一面小镜子。照着镜子,梳拢松散的头发,随后把梳子当作铅笔拿着,说道:

“喂,喂,就像先前蝶吉玩花牌那样,给你记在警察的本子上。好好报上住址,姓名。如果弄虚作假,可对你没什么好处。喂。”

蝶吉极力忍着不笑,鼓着清瘦的腮帮子,抿着嘴,一本正经的。


たとい、売淫婦といえどもそのいもとたるものは、淑女であってもかれは姉さんである。たとい山賊といえども、山路におのれ蹈迷ふみまよった時寸毫すんごうの害も加えられずして、かえって此方こなたより道を聞いて、ふもとに下りることを得たりとせんか、渠は恩人である。世を害するものなりといって訴人に及ぶは情において忍ばるる処ではあるまい。しかるにこれを訴人して、後にざまあ見ろをくらって、のりべにになってもがくのは、芝居でも名題の買って出ぬ役廻やくまわりであろう。

纵然姐姐是卖淫妇,妹妹是个良家淑女,但姐姐依然是姐姐。即便是个山贼,但对方没有在你迷失方向时加害于你,而是给你指路引道,使你得以平安下山的话,那他便是你的恩人。虽说他祸害人间,但于情你也不忍心去告发他吧。然而,有人偏去告发,最后遭了报应,浑身是糨糊血,倒在地上痛苦挣扎。恐怕就是在戏里,也没哪个名角儿愿意演这样的角色。


されば故郷を去って独り寄宿舎に居る、内気な、世れない、心弱い、美少年は、その界隈かいわいに古びたひさしを見ては、母親の住んだ家ではあるまいかと思い、宮の鰐口わにぐちすがっては、十七八であった時の母の手が、これに触れたのであろうと思い、左側にならんだ意気な二階家の欄干、紅裏もみうらの着物が干してある時、は殊に障子に鏡立かがみたての影の映る時、いつもいつも心嬉しく姿寂しく、哀れさ、床しさが身に染みて、立去りあえずたたずむのがならいであったが、恋しさもしたわしさも、ただ青海あおうみの空の雲の形を見るように漠然とした、幻に過ぎなかった。

于是,这位背井离乡独自寄宿校舍,羞涩腼腆、不谙世事又脆弱敏感的美少年,每每望着古朴的房檐,总会思忖那儿也许就是母亲住过的地方;每当他握住神社的鳄口铃,就觉得母亲十七八岁的时候或许也摸过它吧;当瞥见耸立在左侧的帅气二层小楼的栏杆上晾着红绸里子的和服,特别是夜幕降临,推拉门上映出穿衣立镜的影子时,他总是心生欢喜,又落寞惆怅,深感哀伤与眷恋。他常常独自伫立在那里,久久不肯离去。不过,爱恋也好,思慕也罢,只不过如浩瀚晴空上的云朵一般,是虚无缥缈的幻影罢了。


その時、黒縮緬くろちりめんの一ツ紋。おめし平生着ふだんぎに桃色のまきつけ帯、衣紋えもんゆるやかにぞろりとして、中ぐりの駒下駄、高いのでせいもすらりと見え、洗髪あらいがみで、濡手拭ぬれてぬぐい紅絹もみ糠袋ぬかぶくろを口にくわえて、びんの毛を掻上かきあげながら、滝の湯とある、女の戸を、からりと出たのは、蝶吉で、仲之町からどこにか住替えようとして、しばらくこの近所にある知己ちかづき口入宿くちいれやどに遊んでいた。

这时,咯吱一声,写着“瀑布澡堂”的女子澡堂的门轻轻推开了,走出来的正是蝶吉。她套着印有一个家徽的黑色绉绸外褂,一件家常和服,系着桃色腰带,领口松垮垮的,却很华丽,脚穿一双整木旋制的木屐,木屐很高,更显她身姿苗条。她披散着刚洗过的头发,手里拿着湿手巾,嘴里衔着红绸米糠包,边走边用手撩起鬓角的头发。她离开仲之町的旧东家,想要换到别处,暂时借住在熟识的荐工所里。


この一廓は、柳にかくれ、松がに隔てられ、大屋根の陰になり、建連たてつらなる二階家に遮られて、男坂の上からも見えず、矢場が取払われて後、鉄欄干から瞰下みおろしても、直ぐ目の下であるのに、一棟の屋根も見えない、天神下のかくれ里。

这一隅隐在柳荫之下,隔离在松枝之后,笼罩在大屋顶的阴影里,被鳞次栉比的二层楼房遮挡住,站在男坂上面也看不到。射箭场被拆除之后,即便是倚铁栏杆俯瞰,尽管就在眼皮底下,可是连一座房顶都看不到。这是天神下的避世隐里。


梓はその感情をもって、その土地で、しかも湯島もうであした御手洗みたらしの前で、桔梗連ききょうれんの、若葉と、のぼりと、杜鵑ほととぎす句合くあわせ掛行燈かけあんどう。雲が切れて、こずえに残月の墨絵の新しい、あけぼのに、蝶吉に再会したのである。

梓就是怀着这份感情,在这个地方,而且是在参拜汤岛的清晨,与蝶吉重逢的。洗手台前挂着桔梗连供奉的歌灯笼,上面书着以新叶、鲤鱼旗、杜鹃为季语的俳句。那时曙色初露,朝霞片片,一轮残月挂树梢,宛如一幅新绘的水墨画。


気の変ることの極めて早い、むしろ鋭いといってもい。この女の心は美しく、磨いた鏡のようなものであろう、月、花、うぐいす蜀魂ほととぎすきたって姿を宿すものが、ありのまま色に出るのである。

她情绪转变很快,或者应该说是剧烈。她心地纯洁,美好如许,宛如一面打磨明亮的镜子。无论是月色、花容映在心头,还是黄莺、杜鹃的啼叫回荡心间,皆悉数形于颜色。


「後生だから顔を見ないで下さいな。」

梓は思わずおもてを背けた、火鉢の火は消えかかって籠洋燈かごランプの光も暗い、と見るとせたすすきと、しおれた女郎花おみなえしと、桔梗ききょうとが咲乱れて、黒雲空に、月は傾いて照らさんとも見えず、あわれに描いた秋草の二枚折の屏風びょうぶが立っているのが、薄暗いあかりで、幻のようで、もの寂しい。

わたい泣くんだから、あっちを向いてもくッて?」

梓はつむりから寒くなったが、俯向いてうなずくと、蝶吉はむこうむきになって屏風に影が映った、その胸をしっかり抱いた。

着物のふりが両方から、はらりと迫って、身も痩せた。細々とした指のさきが、肩から見えて、つぶし島田の乱れかかったのを、ふらふらとさしてじっとしていたが、折れたように身を倒す、姿はしぼんだごとくになり、声を殺してわっと泣いた。梓もたまらず、背向そがいになった。二人の茫然ぼんやりした薄い姿は、くだんの秋草の中へ入って、風もないのに動いたと見ると、一人は畳へ、一人は壁へ、座敷の影が別れたのである。

“求求你,不要看我的脸。”

梓不由得背过身去。火盆中的炭火快要熄灭,竹罩灯的光也暗了下来。只见两扇屏风上画着纤瘦的芒草,枯萎的女郎花和桔梗花,散落满地。黑云密布的天空上,月儿斜挂,朦朦胧胧。在昏暗的灯光下,绘着凄楚秋草图的两扇屏风,宛如幻影,空幽寂寥。

“我要哭了,你可以转到那边去吗?”

梓冷彻心扉,却俯身点了点头。蝶吉转过身,屏风上映出她的身影。她紧紧地抱着胸口。和服的长袖,从两侧轻轻地拢过来,更显得身体清瘦。纤细的指尖露在肩膀上,散落的岛田髻,几缕青丝摇动不已。她定定地端坐着,突然像折断了一般倒下身去,像花儿凋萎一般,压低声音呜咽起来。梓也忍不住了,背对身去。二人模糊又单薄的身影,映在那秋草图中,没有风,却见影子在颤动。两个人,一个面朝草席,一个对着墙壁,屋内的影子分开了。


抽斗の縁に手を掛けて、猶予ためらいながら、伸上るようにしてこわいもののように差覗さしのぞこうとして目をふさいだ。がッくり支えるように抽斗を差し懸けて、ああこの写真から下げて来ちゃおいしいものを食べたっけと、たまらなくなって、此方こなたを向くと、背中でとんとしまッた途端に、魂を抜去られたか、我にもあらず、両手で顔を隠して、俯向うつむいて、そのまま泣いていた。

她用手扶着抽屉沿儿,犹豫不决地踮起脚尖,战战兢兢地想要偷看一下,却闭上了眼。她徒然地靠在抽屉上,支撑着身子,想起之前有好吃的东西都先供在照片前,然后再撤下来自己吃。她再也忍受不住,背着身关上抽屉,随即像丢了魂一样,魂不守舍地双手掩面,就那么俯下身子哭了起来。


一体りッ放しのおきゃんで、自転車に乗りたがっても、人形などは持ってもみようと思わないたちであったのが、おろしたために神月との縁が切れて、因果を含められた時始めて罪を知って、言われたことを得心してから、縁なればこそ折角腹に宿ったものを、やみから闇へ遣った児に、やがて追い着いて手を引くまで、わびをする気でこうしている。あたかもきたるものを愛するごとく、起きると着物を着更きかえさせる。抱いて風車かざぐるまを見せるやら、懐中ふところへ入れて小さな乳を押付おッつけるやら、枕をならべて寝てみるやら、余所目よそめにはまるで狂気きちがい

蝶吉本来是一个为所欲为的野丫头,以她的性格,就算会想要骑骑自行车,也不会想玩布娃娃。因为堕胎,神月跟她断了情缘。当神月告知她分别的原委,她才明白自己的罪责。彻悟了一切之后,她觉得正是因为有缘,孩子才投胎到自己腹中,却还没见天日就赴了黄泉。她会怀着愧疚一直这么侍奉,直到哪天自己追上他牵起他的小手。她像宠爱真的孩子一样,起床后给布娃娃换衣服;抱着它去看风车;还把它抱在怀里,将小小的乳头摁到布娃娃嘴边;并排着枕头,搂着它睡觉。在旁人看来,这样的她简直就是个疯子。


一朝あるあさ、蝶吉はふッと目を覚して、うつつの梓を揺起して、吃驚びっくりしたようにあたりを見ながら、夢に、菖蒲あやめの花を三本、つぼみなるを手に提げて、暗い処に立ってると、あかるくなって、太陽した。黄金のようなその光線ひかりを浴びると、見る見る三輪ともぱっと咲いた、なぜでしょう、といって、仇気あどけなく聞かれた。梓はあたかも悪夢に襲われて、幻の苦患くげんめていた、冷汗もまだとまらなかったくらいの処へ、この夢を話されて、おもてを赤うするまで心に恥じた。

某天清晨,蝶吉忽然醒来,摇醒迷迷糊糊的梓,惊讶地环视着四周,向梓讲述了她的梦境。在梦里,她手里握着三束含苞待放的菖蒲花,站在黑暗里,周围忽然明亮了,阳光照射进来。一沐浴在金黄的阳光下,眼见着三束菖蒲瞬间一齐绽放。这是为什么啊?她天真烂漫地问梓。梓正被噩梦魇住,在幻境中深受苦难的折磨,冷汗直流,此时听到这个梦境,心生羞愧,面红耳赤。


山下を抜けて広徳寺前へかかる時、合乗あいのり泥除どろよけにその黒髪を敷くばかり、蝶吉は身を横に、顔をあおむけにした上へ、梓は頬を重ねていた。その時は二人抱合っていたが、死骸しがいは大川で別々わかれわかれ

男は顔を両手で隠して固く放さず、女は両手を下〆したじめ鳩尾みずおちに巻きしめていた。

穿过山脚下,经过宏德寺前时,蝶吉躺下了,乌黑的秀发几乎要铺在双人车的挡泥板上。她仰着脸,梓把自己的脸颊贴在上面。那个时候,两个人是紧紧抱在一起的。可是,他们的尸体在大河里被发现的时候却是分开的。

男子的双手紧紧地掩着面,放不下来。女子的双手被细带子缠在胸口。